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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)971号 判決 1985年1月31日

控訴人 永野博一

<ほか一名>

右控訴人両名訴訟代理人弁護士 宇田川和也

被控訴人 杉並区軟式野球連盟

右代表者会長 藤原哲太郎

右訴訟代理人弁護士 名波倉四郎

同 木山義朗

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴人らの当審における新たな各請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決中控訴人らの謝罪広告を求める請求を棄却した部分を取消す。2 被控訴人は、控訴人らに対し原判決添付別紙1記載の各運動場の掲示板において日本工業規格A列一番の用紙を使用して本文は二・五センチメートル角の文字で、その余の部分は三センチメートル角の文字(ゴシック体)で原判決添付別紙2記載の謝罪広告を各一四日間掲載せよ。(以上従前の請求) 3 被控訴人は、控訴人らに対しそれぞれ五万円を支払え。(以上当審において新たに追加した請求) 4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び2、3項について仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。」との判決を求め、控訴人らの当審における訴の追加的変更について、これを許さない旨の裁判を求め、予備的に「控訴人らの当審における新たな請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

一1  原判決三枚目裏三行目「被告は、」の次に「法人格のない社団で代表者の定めのあるものであるが、」を加える。

2  同四枚目表九行目「同年」を「昭和五七年」と改める。

3  同八枚目表一〇行目「被告によって」から末行「代表者」までを「被控訴人の理事長によって昭和五八年三月代表者」と改める。

4  同九枚目表二行目「本件処分」の次に「、その公表等」を加え、六、七行目「甚大であり、」を「甚大である。ところで、被控訴人の代表者や理事らは、右処分、その公表等をするに当り控訴人らを含む杉二チームの構成員の名誉を毀損することを知りまたは過失によって知らなかったのであるから、被控訴人は、控訴人らがこれにより被った損害を賠償する義務があり、」と改める。

5  同一一枚目表七、八行目「(三)の事実」の次に「のうち、被控訴人が法人格のない社団で代表者の定めのあるものであることは認めるが、その余の点」を加える。

6  同一一枚目裏一行目「同3は争う。」を、「同3のうち、被控訴人の理事長が昭和五八年三月代表者会議において杉二チームに対し本件処分をした事実を公表したことは認める。被控訴人の理事らが右事実を流布したことは否認する。その余の点は争う。」と改める。

二  控訴人らの主張

1  請求の追加(当審における新たな請求)

被控訴人の本件処分は、控訴人らを含む杉二チームの構成員の名誉を毀損する違法な行為であり、しかも、被控訴人の代表者がその職務を執行するについて故意又は過失によりしたものであるから、被控訴人は、控訴人らがこれにより被った損害を賠償する義務がある。

控訴人らは、被控訴人の故意、過失に基づく違法な本件処分により杉並区及び同区教育委員会が主催する昭和五八年度の軟式野球大会に参加する権利及び公の施設である原判決添付別紙1記載の四つの運動場(以下「本件運動場」という。)を使用する権利を侵害され、かつ、名誉を毀損され、相当の精神的苦痛を被った。控訴人らの右精神的苦痛を慰藉するためには、少なくとも一名につき五〇万円の慰藉料を支払うべきである。よって、控訴人らは被控訴人に対しそれぞれ右慰藉料五〇万円の内金五万円の支払を求める。

2  原判決は、民法七二三条にいう名誉とは社会的名誉を指し名誉感情を含まないとの前提の下に、本件処分は、杉二チームの団体としての行為を直接の対象とし、その制裁目的実現のため控訴人ら個々の構成員についても一定の試合について出場を停止したものであり、本件処分及びその公表行為は、控訴人らの人格的価値の評価を伴わず、かつ、本件処分が違法である事情も見出し難いから、結局本件処分は、控訴人らの社会的評価を低下させる行為には当らず、控訴人らの名誉を毀損したものとは認められない旨判示するが、右判示は次の理由により不当である。

第一に、民法七二三条にいう名誉は、広く名誉感情を含むと解すべきであり、そうでないとすれば、同条が損害賠償のほかに、謝罪広告という名誉回復の方法を認めた趣旨を没却することになる。

第二に、本件処分が杉二チームの団体としての行為を直接の対象とし、控訴人ら個々の構成員の人格的価値の評価を伴わないという解釈は、杉二チームその他野球チームの団体としての実態及び本件処分の事実上の効果を無視したもので、極めて不当である。すなわち、スポーツチームは、メンバーが一人でも代れば勝敗に影響するほど構成員の個性が重視されるのであって、強い個性を有する個々人がそれぞれの個性を強く保持したまま集合しているのであり、団体としての行為が観念されるとしても個性を保持したままの個々の構成員の存在が強く意識されるのである。したがって、本件処分が杉二チームの個々の構成員の一定の試合の出場を停止しているのは、単にその制裁目的実現のために個々の構成員に制裁を科しているのではなく、個々の構成員の行為自体を処分の対象としているというべきである。そして、スポーツチームの構成員が一定の地域において支配的な競技団体から一年間という長期にわたって出場停止という処分を受けることは、まさにその者の徳行にかかわる事実というべきである。

第三に、原判決は本件処分が違法であるとの事情も見出し難いとするが、その理由は全く判示されていない。

3  被控訴人の当審における訴の追加的変更は、請求の基礎に変更がなく、また、右訴の変更により著しく訴訟手続を遅滞させるものではないから、適法として許容すべきである。

三  被控訴人の主張

1  控訴人らの当審における訴の追加的変更は、原審において何ら審理の対象とされなかった新請求を追加するものであり、被控訴人の審級の利益を失わせることになるから、不適法として却下すべきである。

2  仮に右追加的訴の変更が許されるとしても、前記控訴人らの主張1、2は争う。控訴人らが当審において新たに追加した請求は理由がないから、失当として棄却すべきである。

四  証拠《省略》

理由

一  当裁判所は、控訴人らの従前の請求(謝罪広告を求める請求)を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由(原判決一三枚目裏六行目以下)と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決一四枚目裏一行目「被告が」を「被控訴人は法人格のない社団で代表者の定めのあるものであるが、」と改め、四行目「加盟したこと」の次に「及び請求原因2(一)の事実」を加える。

2  同一五枚目表八行目「原告相羽」から同一七枚目表一行目「失当である。」までを次のとおり改める。

「《証拠省略》を総合すれば、杉並区軟式野球連盟規約(「区規約」という。)三八条は、「正会員たるチームおよびその構成員は本部規約および本規約に違反することはできない」旨、同三条は、「本連盟はアマチュアスポーツとしての正しい軟式野球を区民全般に普及しその健全な発展を計るとともに会員相互の親密な連絡と平和文化国家の建設に寄与することをもって目的とする」旨、同三七条は、「正会員たるチームおよびその構成員は本部および本連盟の主催、後援または公認の野球大会でなければ出場することはできない。但し、オープン試合はこの限りでない。又本連盟が認めた場合は此の限りではない」旨、同四二条は、「本連盟は下記諸規約に拠り各大会を運営実施する。 公認野球規則 一 競技者必携(全日本軟式野球連盟制定) 一 財団法人東京都軟式野球連盟規約 一 杉並区軟式野球連盟規約 一 杉並区軟式野球連盟大会規定」旨、同三九条は、「正会員たるチームおよびその構成員が……第三七条、第三八条及び第四二条に違反したときは、理事会にて審議の上除名あるいは大会への出場停止その他の処分をすることができる」旨各規定し、被控訴人の直近上級団体は財団法人東京都軟式野球連盟であるところ、東京都軟式野球連盟規約(「都規約」という。)一条は、「本連盟は財団法人東京都軟式野球連盟と称し財団法人全日本軟式野球連盟東京都支部とする」旨、同三条は、区規約三条とほぼ同趣旨を各規定し、財団法人全日本軟式野球連盟規約(「全規約」という。)三条は、「本連盟はアマチュアスポーツとしての正しい軟式野球を国民全般に普及し、その健全な発展を計るとともに、会員相互の親密な連絡と平和文化国家の建設に寄与することをもって目的とする」旨、同五〇条は、「正会員たるチームおよびその構成員は、営利的、宣伝的、政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会に出場することはできない」旨、同五一条は、「正会員たるチームおよびその構成員は、本規約ならびに附属規程に違反することはできない。」旨、同五二条は、「正会員たるチームおよびその構成員が前三条(四九条ないし五一条)に違反したときは、役員会において除名あるいは大会への出場停止その他の処分をすることができる」旨各規定し、全規約五一条にきめられた附属規程に準ずる効力を有する財団法人全日本軟式野球連盟規律内規四項(本件規定)は「本連盟に加盟のチームおよび選手は営利的、宣伝的、政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会に出場することはできない。これに違反したときは規約第五二条により除名あるいは大会への出場停止、その他の処分をうける」旨規定していることが認められる。

そして、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人らを構成員とする杉二チームは、被控訴人の正会員であったところ、昭和五七年一一月五日及び同月六日の二日にわたり横浜スタジアムで開催された本件グリーンカップ大会(決勝大会)に出場したが、本件グリーンカップ大会は、ニッポン放送ほか民放ラジオ局三九社が主催し、日産自動車株式会社(以下「日産自動車」という。)、同会社の系列会社及び販売協会が協賛してその企画、宣伝、運営等を担当した。

(二)  本件グリーンカップ大会に出場するチームのための交通費及び宿泊費は主催者が負担した。

(三)  本件グリーンカップ大会は、日産自動車が野球を通じて地域住民と積極的にコミュニケーションを持ち、同会社のフアンを獲得し、ひいては同会社の販売の促進に寄与することを目的として開催されたもので、その眼目とするところは日産自動車の営利的、宣伝的な効果を挙げるにあった。

(四)  本件グリーンカップ大会の参加募集要項を記載した書面には、「全日本軟式野球連盟に登録されている方及びチームは、この大会に参加した場合、その資格を失うことがあります。」と記載されていた。

(五)  昭和五七年三月大手の各新聞紙上には被控訴人に加盟するチーム及び選手は本件グリーンカップ大会に出場することができない旨の記事が掲載された。

また、被控訴人の理事は、昭和五七年九月ごろ杉二チームが本件グリーンカップ大会の予選大会に出場したことを聞知し、そのころ杉二チームの監督である控訴人相羽隆一郎に対し本件グリーンカップ大会に参加することは許されない旨の注意をした。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、前掲区規約、都規約、全規約、本件規定は合理的なものであり、控訴人らを構成員とする杉二チームは、被控訴人に加盟している限りこれらの規定を順守する義務を負うところ、本件グリーンカップ大会は、日産自動車の営利的、宣伝的効果を求めるような目的で開かれる野球大会であって、全規約五〇条、本件規定により被控訴人に加盟しているチーム及びその構成員が出場することを禁止されているにも拘らず、控訴人ら杉二チーム構成員は、右事実を知りながら、杉二チームとして本件グリーンカップ大会に出場し、もって全規約五〇条、本件規定に違反したものというべきである。そうすると、被控訴人が全規約五二条を適用し控訴人に対して本件処分をしたのは適法であって、本件処分は、仮に控訴人らの名誉を毀損するものであったとしても違法性がなく、不法行為を構成しないものといわなければならない。

控訴人らは、スポーツをする権利は憲法一三条、二五条一項により保障されており、その一環としてのアマチュア軟式野球競技をする権利もまた憲法上保障されているが、控訴人らが右権利を行使するには杉並区の所有又は管理する公の施設である本件運動場を使用するほかはなく、本件運動場を使用するには前記春、夏、秋の各大会に参加するほかはないところ、控訴人らは、本件処分により右各大会に出場することができなくなって本件運動場を使用する権利を奪われ、ひいては右スポーツをする権利を侵害されたから、本件処分は違法、無効である旨主張する。

しかし、被控訴人が独占的に本件運動場を使用していること、控訴人らがアマチュア軟式野球競技をするためには必ず前記春、夏、秋の大会に参加することを必要とする事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告人らの右主張はその前提を欠き、採用することができない。

控訴人らは、本件規定はアマチュア性を貫くという見地から一定の大会への出場を禁止し、その違反について懲戒処分を定めているが、アマチュア性の判断については極めて微妙かつ困難で人の思想、信条にかかわる問題があるところ、本件規定は構成要件が漠然としていて懲戒処分権者の恣意的運用を可能にするから、規定自体が無効であり、そうでないとしても、公共機関に準じた地位を与えられている団体である被控訴人が右のように会員の思想、信条にかかわる事項について懲戒処分をもって一定の強制をすることは憲法に照らし許されず、違法、無効である旨主張する。

しかし、財団法人全日本軟式野球連盟は、全規約三条において全日本軟式野球連盟の目的に関する基本原則を表明し、同条所定のアマチュア性を貫くという見地に立って全規約五〇条、五二条、本件規定を定めているものと解せられるところ、全規約五〇条、五二条、本件規定が控訴人ら主張のように構成要件が不明確であって懲戒処分権者の恣意的運用を可能にする規定であるとは認められない。また、右アマチュアスポーツとしての軟式野球の普及と発展を図ることを目的とすることは、社会通念上大いに価値のあることであり、全規約五〇条、五二条、本件規定は右目的を達するための合理的な規律であると認められるから、これらの規定を違憲、無効と解すべき理由はなく、被控訴人が杉二チームにおいて本件グリーンカップ大会に参加したことに対し全規約五〇条、五二条、本件規定を適用し本件処分をしたことは適法であるというべきである。したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

控訴人らは、被控訴人は杉並区から本件運動場を使用するについて特権を与えられた団体であり、アマチュアスポーツが企業の援助により著しくスポーツをする機会を増大させている現状からみて本件規定の適用を限定的にすべきであるうえ、控訴人らが出場した本件グリーンカップ大会はアマチュア軟式野球の振興を図ることを目的とするものであるので、本件規定にいう「営利的、宣伝的、政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」には該当しないから、本件処分は本件規定の適用を誤り、違法、無効である旨主張する。

しかし、本件グリーンカップ大会が営利的、宣伝的効果を求めるような目的で開かれた野球大会であり、控訴人らの本件グリーンカップ大会への出場行為は、本件規定及び全規約五〇条に違反することは、前記のとおりである。控訴人らの右主張は、独自の見解であって、採用することができない。

控訴人らは、被控訴人に加盟している他のチームの中にも本件グリーンカップ大会に出場したものがあるのに、何ら処分を受けていないから、本件処分は不平等、不公平な処分として違法、無効である旨主張する。

しかし、仮に控訴人ら主張のように本件グリーンカップ大会に出場した被控訴人加盟の他チームが処分を受けなかったことがあるとしても、被控訴人が控訴人らを構成員とする杉二チームに対し本件処分をしたことが直ちに違法、無効であるということはできない(なお、本件グリーンカップ大会(決勝大会)に杉二チーム以外の被控訴人に加盟するチームが参加したことを認めるに足りる証拠はない。)。したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

次に、控訴人らは被控訴人理事長が本件処分をした事実を公表したことは控訴人らの名誉を毀損したもので違法である旨主張するので、判断する。

被控訴人が本件処分をしたこと、被控訴人理事長が昭和五八年三月代表者会議において杉二チームに対し本件処分をした事実を公表したことは、当事者間に争いがない。しかし、本件処分が違法でないことは前記のとおりであり、前記認定事実及び《証拠省略》によれば、被控訴人理事長田村勇は、アマチュアスポーツとしての正しい軟式野球を普及しその健全な発展を計ることを目的とし、専ら被控訴人及びその上部団体の規律を維持するため昭和五八年三月開催された昭和五八年度被控訴人加盟チーム代表者会議の席上で本件処分の公表をしたものであり、右公表にかかる事実は真実に合致するものであったと認められるから、右公表行為は違法性を欠き、不法行為にならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年四月一六日第三小法廷判決・民集一七巻三号四七六頁、同裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)。

被控訴人理事らが被控訴人が控訴人らに対し本件処分をした事実を流布した事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

以上の理由により、控訴人らの謝罪広告を求める請求は理由がない。」

二  本件記録によれば、控訴人らの当審における訴の追加的変更は、請求の基礎に変更がなく、かつ、これによって著しく訴訟手続を遅滞せしめるものではないと認められるから、適法として許容すべきである。

ところで、右訴の変更によって当審において新たに追加された控訴人らの慰藉料請求は、本件処分が違法であることを前提とするものであるところ、本件処分が違法でないことは前記のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきである。

三  よって、原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴人らの当審における新たな各請求も理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 佐藤榮一 石井宏治)

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